綿花栽培の思い出
綿の歴史を調べている最中。
きっかけは一本の電話から。
思いもよらないご相談でした。
「相当古い時代の種付きの綿が見つかった」とのこと、どうすれば良いのかとのご相談でした。
それが発見されたお家の地域を聞いてすぐにわかりました。その方の住まう地域は当時、河内⽊綿の大生産地でした。
きっとそれには郷土資料としての価値があるうえに、保存状態によってはその種子が生きていると思われることを(私なら発芽するか試します!とも)お伝えいたしました。
ゆえに然るべき関連先にその取扱いを訪ねて頂くことをお勧めする旨をお伝えし、井原⻄鶴の「⽇本永⼤蔵」に記載の綿にまつわるお話を楽しくさせて頂き電話を置いたことを憶えています。
後から思えば、お問い合わせ頂いた方のお家は当時綿作農家をされていたのだと思われ、綿にまつわる「お話や思い出」がたくさんおありだったのではないかなと…。その出来事があることを気付かせてくれました。
綿花畑が広がっていた当時の情景や紡がれていた村人の歴史を知ることができる材料は図書館の書物や資料館だけではないのだと…。その証拠に、当時のままの「種付きの綿」が発見されているのですから!
ならば!ひろく多くの方に尋ねれば必ず各地に眠る綿にまつわる思い出話や資料が、そういった方々のお家に伝承されているのではないかと思いついたのです!
些細なことであっても構わないのです。点と点が繋がっていくように、はたまたパズルのピースがはまっていく様に、お寄せいただいた情報を紡ぎ合わせてみたいと思っています。
当時もしかすると、綿にまつわる年中行事などもあったかもしれませんね。
「綿摘み歌」も発見できる日が来るかもしれないですね!
国内で盛んに綿作が行われていたのは戦国末期から明治中期まで。
300年以上の歴史があるにもかかわらず、今日ここまで忘れ去られていることに正直驚きました。それだけの歳月にどれだけの人たちが綿作に携わってきたことでしょうか。
当時、数多の方が紡いだ綿の歴史を一片でも多く集め、「綿の思い出」として記録に残したいと思います。そしてこの度、「綿の思い出」情報募集というお願いを思いつきました。
お寄せ頂いた情報は大切にさせて頂きます。
集められた情報を基にして、日本の歴史の中に埋もれかけていた綿作⽂化を多くの方に知って頂く資料とし、ゆくゆくは「国産綿花栽培の復活」に向けた助けになるものを作りたいとも考えています。
是非とものお願いですが、かつての「綿栽培にまつわるお話」を心よりお待ち申し上げております。
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